カンボジア、プノンペン―お互い単に同じ地域の出身だと思っていた夫婦が実は姉弟だということがわかり、夫(弟)と妻(姉)、そして2人の母ともに当惑している。
夫であり弟であるTep Song(35)さんと妻であり姉であるTep Ly(38)さんは、クメール・ルージュ(Khmer Rouge)政権の統治政策によって1975年に別々の土地に割り振られ、生き別れとなってしまった。当時の彼らの年齢はそれぞれ5歳と8歳であった。
そんな彼らが再び出会ったのはSongさんが17歳の時であった。彼は病院で闘病生活を送っており、そして彼の担当となった看護婦が他でもないLyさんその人だったのだ。病院生活を通じて彼らはいつしか恋に落ち、そのまますぐに結婚してしまった。当時彼らはお互いの出身地についての話もしていたものの、"同郷"という程度の認識しか持っていなかったのだった。
また彼らは互いの家族についても、クメール・ルージュ政権下で皆、殺されてしまったものとばかり思いこんでいたのだった。しかしそれでも僅かの希望を残していた彼らは、生き延びているかもしれない家族を探すための資金をコツコツと貯めていった。そして、ある程度資金が貯まったところで支援活動家の助けを借りて家族を探したところ、Songさんは、自分の母Thit Sohnさん(77)が今も故郷に住んでいることをつきとめたのだった。
母と息子はその再会に大喜びし、その感動の余韻に浸った。しかし彼らが生き別れた家族についての話をし始めると事態は一変した。一緒に来ていた妻のLyさんがSongさんとその母の話に出てくる家族の名前がことごとく自分が生き別れた家族の名前と一致すると言い出したのだ。
SongさんとLyさんは話を進めていくうちに、家族の名前だけでなく、幼い頃の記憶までが一致していることを知り、そして遂に彼らは互いが姉弟であるという事実に驚愕することになった。彼らは夫婦である前に姉弟であったのだ。
現在、互いが姉弟という事実を知った2人は、その事実の重みを感じて非常に参ってしまっており、その2人の母もまた失望の念に暮れて昼夜問わず泣き暮らしている。2人の間には既に4人の子供がおり、離婚することも難しい状況なのである。
1975年から79年まで続いたクメール・ルージュ政権による大量虐殺によって、幾つもの都市がゴーストタウンと化し、子供達をより容易に自分たちの意のままに教育しようとした政府は、多くの子供達を両親と引き離すという非道な政策を推し進めていった。そのため、カンボジアには現在も数千人にも及ぶ国民が生き別れた家族を捜し求めるという状況が続いている。
【source】Husband and wife discover they are siblings(IOL)

