ネバダ州リノ―ラスベガスから凡そ6マイル離れたこの地にある農場では、ジェイソン・チェンバレン氏が悪臭を放つ約50匹のヒツジを研究の為に飼育している。彼が飼育しているヒツジは普通のそれとは違い、体内に部分的ではあるが人間の肝臓、心臓、脳、及びその他の器官を備えているのである。
地元リノ大学の研究者は、とある妊娠中のヒツジを安楽死させる予定だということを淡々と語った。凡そ2ヶ月前にヒト細胞を脳に注入したヒツジの胎児をこれ以上成長させることは許可されていないのである。「私達が行なっているのは巨きなマウス実験みたいなものです。」とチェンバレン氏は残念がっていた。彼の研究は一見奇妙なもののようだが、権威ある米国アカデミーが発行した幹細胞(Wikipedia)調査についての新しい倫理ガイドラインにきちんと沿ったものなのである。
アカデミーの報告では実際に、人体に安全な新薬開発や新しい移植療法確立の為に必要とされる場合、人間と動物の組織を配合させることを是認している。また、医療ではもう随分前から人間の心臓にブタの弁膜を移植する手術を行なってきたし、医療よりも更に以前から科学の世界では実験動物にヒト細胞を注入することを繰り返し行なってきた。
しかし現在、動物と人間の生物学的配合の試みは、余りにエキゾチック過ぎて波紋を呼びそうな程にまで発展している。まるでギリシャ神話に出てくる頭がライオンで胴が山羊、尾が蛇からなる奇怪なキメラを喚起させるような…。
ここ2年、科学の世界では、人の血が流れるブタを誕生させたり、ウサギの卵(らん)に人間のDNAを混入させたり、麻痺したマウスを活動させるために人間の幹細胞を注入したりなど、動物と人間の配合実験を行なってきた。しかし一部ではやはりこうした実験に対し懸念を示す声も挙がっている。何らかのかたちで人間の知性持ったヒツジが誕生したらどうなるのだろうか?と。
「人間の神経細胞が動物の脳内で正常に機能し、より高等な知能を持つ動物が誕生する可能性が存在する限り、いくらその確率が低いとしても、その可能性についてはどうしても熟考せざるを得ない。」とアカデミーは伝えている。
今年1月、スタンフォード大学の非公式倫理委員会は、ほぼ完全に近い人間の脳細胞を持つネズミを創り出す提案に支持を表明した。幹細胞を研究するアービング・ワイズマン氏は、人間の脳の発達過程やパーキンソン病のような退行的な疾病について自分の研究観点からこそ最も有意義な見識をみとめることが出来ると主張している。ワイズマン氏は既に1%の人間の脳細胞を持つマウスを生み出すことに成功している。
倫理委員会の議長を務めるスタンフォード法教授ハンク・グリーリー氏は次のように述べた。「我々委員会が、部分的に人間の脳を持つマウスを誕生させることを許可したのはマウスの脳の大きさや形状があってのことです。なぜならその観点から考えてヒト細胞がネズミの頭の中にあったとしても人間の如何なる特徴もつくりだすことが出来ないだろうと考えているからです。しかし我々は万一に備えて、研究機関に対し、随時マウスの行動を監視し、如何なる人間の振る舞いでもみとめた場合にもこれを直ちに処理するよう指導しています。」
アカデミーは、人間と動物の細胞を混合する研究も含めた幹細胞研究に携わる機関をきちんと監視するために、各研究機関が共同で正規の委員会を設立するよう勧めている。
ワイズマン氏は言う。「当面の間、ほぼ100%人間の脳を持つマウスを生み出す計画はありません。しかし、いずれにせよ私は今ある倫理ガイドラインは撤廃すべきだと思っています。大学内の研究機関を監視するスタンフォード公式委員会も後々私の言うような実験の認可を出すことが必要となってくるでしょう。」
リノ大学で幹細胞の実験を行うエスマイル・ザンジャーニ氏の研究チームが創り出したヒツジは、ワイズマン氏のマウスに引けを取らない。研究チームは将来、移植用に人間の器官や組織を持ったヒツジを工場で生産すること、また他方でそのヒツジを最先端の薬物実験でより人間に近いサンプルとして役立てることを目的としている。
ザンジャーニ氏は、ヒツジが胎児の間に人間の幹細胞を注入すれば、部分的にではあるが人間の肝臓が生成されることについて最も楽観視している。「幹細胞を注入したヒツジは成熟時には平均で10%の人間の肝臓を保有しています。一番多いものでは40%もの保有率になります。人間の肝臓は再生が可能な為、この研究によって肝臓移植の可能性を拡大すること出来ます。」
この肝臓移植の計画にあたってザンジャーニ氏はまず最初に、動物が媒介する病気が肝臓移植された人間に感染しないということを確証しなければならない。また、融合された人間とヒツジの細胞を完全に分離する効率的な方法を見つけなければならない。ヒツジの体内にある人間の肝細胞はヒツジのそれと融合してしまっているため、これは非常に困難な作業となってしまう。
しかしこうした人間と動物の配合に反対の意見もある為、ザンジャーニ氏は他の幹細胞研究者と共にその研究を擁護しそして主張している。「我々は決してモンスターを生み出しているわけではありません。全て私達人間の医療の為に行なっているんです。私達は研究の中で一度だってヒツジがヒツジたる以外の行動を起こしたところを見たことがありません。」
また、かつてザンジャーニ氏は研究資金の面でも苦労したりもした。更に今現在農務省は、他の研究者からザンジャーニ氏がヒツジを虐待しているという主張を受け、彼の所属するリノ大学を調査している。ザンジャーニ氏はその件についてはコメントを控えており、大学関係者は彼の擁護にまわっている。課題は山積みで、彼の計画が実現するにはまだまだ時間がかかりそうだ。
実験動物に対する適切な扱いという主張は今後、進化の形態を追っていくに当たって、新たな意味を持つようになるだろう。嘗てバクテリアから始まった人間の幹細胞の注入実験は、マウスを次いで現在ヒツジにまで至っている。このような実験が進むにつれ、今まで確固として存在してきた生物学的な種の境界が曖昧になって行くであろう。
未だ如何なる研究もその倫理的境界線の一線を越えるに至ってはいないものの、アカデミーは猿を始めとする霊長類の胚(胎芽)に人間の幹細胞を注入する実験を禁止するように働きかけてはいる。しかしながら、このアカデミーの方針は幹細胞研究に対し余り影響力を持っていない。
「幹細胞研究の実験はヒツジから、更に大型の動物に移行されていこうとしています。科学者達は、ただ単に自らで災いを引き寄せているだけなのです。」と。ニューヨーク医科大学教授スチュアート・ニューマン氏はこの様な実験に対し懸念を示している。
ニューマン氏と反生物工学の活動家(主義者)ジェレミー・リフキン氏両名はここ十年の間この問題について考察を重ねてきた。また、異種間の混合実験や人間固有の遺伝子と他種の遺伝子を対象に特許を与えるという政府の方針に対して反対する声を支持してきた。
そんな中で数年前、確証はないがしかし人間とチンパンジーの交配種である可能性が非常に高い「ヒューマンジー(オリバーのこと?)」と称される生物に対し、二人は特許による保護を特許商標局に申請した。(特許権を逆手にとって、研究者等からヒューマンジーを保護するのが目的。)
今年当局は「申請の対象物は余りにも人間に近い存在であり、憲法上の奴隷制度禁止に関する項目(人間を対象物として特許を発生させることは出来ない。)を類推解釈すると、ニューマン氏ならびにリフキン氏の申請は違憲なものとなる。」として最終的に申請を却下した。この報告によって、当初の目的は果たせなかったものの、ニューマン氏とリフキン氏は喜んでいる。なぜなら当局が下した判断が、人間を商品として扱う研究や商業に対して異議申立てをする際に、法的根拠となり得るのだから。
しかしニューマン氏は警告している。「幹細胞の研究者達は今後もじわじわと不可侵領域に手を伸ばして来るでしょう。一度手を出したことは中々止めれないのが人間の性ですから。」
【source】【see also】キメラ実験-「半獣半人」は誕生するか(X51.ORG)

